2010年5月9日日曜日

目の中の星に願いを(毒蜘蛛円舞曲7)

ドラマにかぎらず、ピアニストを物語に登場させると、ショパンを避けて通れないようだ。ちょうど今、上野樹里、玉木宏主演の『のだめカンタービレ 最終楽章 後編』が劇場公開されているけれど、ここでもショパンがひとつの山場で演奏されていた。原作はご存知のとおり二ノ宮知子の人気漫画。女性主人公の「のだめ」こと野田恵は、クラシック音楽のピアノを学ぶ学生で、クラシック音楽の「広い裾野」と「高い頂上」とのあいだで揺れるところが、主人公たちの恋愛模様と重なり合い、とても楽しい。

クラシック音楽を題材にした漫画は、女子向けの雑誌に発表された作品に多く、池田理代子『オルフェウスの窓』や、竹宮惠子・増山のりえ『変奏曲』など、大家の作品をはじめ、ピアニストが主要人物の作品は数えきれない。そのものすばりのタイトルを持つ『いつもポケットにショパン』は、無冠の女王時代のくらもちふさこを代表する作品で、1980年代、当時の愛読者のなかには憧れてピアノを習ってしまった人も多いだろう。ところが、なぜかピアノに向かわずに、シチューを自分の得意料理にしてしまった女子を、僕は1人だけ知っている。


いっぽう男子向けの雑誌に発表されたクラシック音楽漫画は比較的少ない。クラシック音楽が好きで、みずからピアノも弾いた手塚治虫も、真正面から取り組んだ『ルードウィヒ・b』は未完の絶筆に終わっている。ただし、手塚には初出が「週刊少女コミック」の『虹のプレリュード』という作品があり、こちらはショパンの練習曲第12番「革命」をモチーフにした物語。連載開始は1975年。この年には先に挙げた池田理代子の『オルフェウスの窓』も『週刊マーガレット』に連載を開始している。いわば毎週対決していた時期があるのだが、モチーフや設定にいくつかの相似点もあり、なかなか興味深い。

個人的には、恐れ多くも楽聖を女性にしてしまった、福山庸治の『マドモアゼル・モーツァルト』が印象に残っているけれど、さそうあきらの『神童』も面白かった。ピアノのトレーニングで鍛えた指でフォークボールを投げる少女・成瀬うた(ピアノの天才児)という設定は、水島新司の野球漫画『ドカベン』で、殿馬一人(やはりピアノの天才児)が見せた1度きりの秘投フォークを思い出させる。それはさておき、『神童』のなかのショパンといえば、うたが最後に奏でる〈舟歌(バルカロール)〉。詩趣豊かなシーンにぴったりだった。



ピアノの天才児を主人公にした漫画では、もうひとつ、一色まことの『ピアノの森』がある。アニメ化された際、ポスターのモチーフにもなった、森の 奥に置かれた1台のピアノというイメージが美しく、ひとめ見るなり僕は惹かれてしまった。連載当初は児童文学やファンタジーの趣もあったけれど、主人公の 一ノ瀬 海が成長するにつれてリアリズムが支配的となり、今はショパンコンクールを舞台に物語が展開されている。
(つづく)





佐藤泰一 著
『ドキュメント ショパン・コンクール
その変遷とミステリー』
春秋社

「ピアニストの登竜門」を垣間見る本。
第14回(2000年開催)までの
データと後日談が面白い。
新刊書店でどうぞ。


久保田慶一 著
『孤高のピアニスト梶原完
その閃光と謎の軌跡を追って』
ショパン

敗戦翌年、日本の楽壇に
彗星のごとくデビューした梶原完。
天才ピアニストの栄光と挫折の物語。
新刊書店でどうぞ。




渡辺茂夫 演奏
『神童 幻のヴァイオリニスト』
EMIミュージック・ジャパン

日本の楽壇の悲劇の一つ、
天才児・渡辺茂夫の貴重な音源。
ヴァイオリニストですが、
ショパン作曲、
〈ノクターン嬰ハ短調遺作〉を
聴くことができます。
なお、山本茂 著のノンフィクション
『神童』(文藝春秋)は
新刊書店でどうぞ。

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